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“緑色の扉”と言うタイトルの小説を知っているかい?
(彼は、そう、いつもと全く変わらぬ口調で切り出した。)
そう、古典SFの名作、H・G・ウェルズの傑作短編さ。筋は、幾ら何でも説明の必要は無いよな?
でも。まあ。やって見るか。
主人公は、白い壁に、緑色に塗られた、木製の扉を見つけるんだ。
幼い頃に見つけて開けられなかったそれを、彼は、ずっと、忘れないでいる。
何故かって?それを、開けなかったからさ。
扉の向こうが、其処に有るだろうものが、気になって仕方が無い訳さ。
あの時、開けていればなあ、って、ずっと、思い続けている訳だ。
それからも、ちょくちょく、いや、何年かに一度、場所は、そして、シチュエーションは色々。でも、どうしても、開けられない。
事情は色々さ。気が進まなかったり、忙しかったり。後でその場所に行って見ると、必ず、扉なんて、影も形も無い。
で。結末は。。。。はい、ネタバレ、此処まで。
(両掌を胸の前で×印に組んで見せた)
何で、こんな話を始めたかって。気になるかい?
君は、良い人だ。実際、こんな話をいきなり始めだす人間を、普通は、取り合わずにいるもんだぜ。
話をそらすようにして見たりとか。
『妖精の輪』を知っているかい?
いや、浅学のお陰で、寡聞ながら、このタイトルの小説や映画、或いは漫画が実在するかどうかは、知らないんだ。
たださ、ちょくちょく、見るからさ。色んな所で。
で、聞いてみた訳さ、つい、さっきも見たから。
いや、何処でって、其処の庭で。
だったら?クラブハウスだろうと何処だろうと、草も木も生えているだろう?
『妖精の輪』って言うのはさ、あっさり言うと、草や花が、ぐるっとこう、円形に生えている状態を言う。
例えば、
●(彼は、手帳に綺麗に書いて見せた)じゃないんだ。◎なんだよ。この、円周部分に、草が生え揃って、別名、緑の輪。
何の草かって?色々言われているな。シャムロックとか、菫とか、クローバーとか。
綺麗なものだろう?で、何で、妖精の輪って言うと、これは、妖精が集まって踊る場所だと言われているからなんだな。いや、伝説だよ。
フォークロア。
時間も色々言われているな。夏至の夜とか。日本で言う丑三つ時の時間帯とか。
そう、その時間にその場所に行けば、妖精たちのティー・パーティが見られる訳だ。
伴奏は、誰がするのかね?
ちょくちょく見るんだよ。
『妖精の輪』を。
踏んでは行けないんだそうだ。この穴が開いた様な中心部分に、立っても行けない。
呪われる?
違う、違う?連れて行かれてしまうんだよ。何処って、妖精の国に。
行きたいのかって?良い質問だよな。
。。。。。良い質問だよ。
神隠しだぜ、そりゃ。
リップ・ヴァン・ウィンクルって言う、英語版浦島太郎見たいな。ティルナ・ノグとか、マーグ・メルとか言われている場所の事だろう。
勿論、この世の何処にも実在しない場所の事だ。
この世の何処にも実在しない場所・・・・。
ユートピアかな。エレホンとも言うな。
エ・レ・ホ・ン。スペルはこうだ。
”erehwon”
《何処にも無い》の逆綴り。面白いだろう?
トマス・モアだって、何処でも無い場所と言う意味で、自分の創り上げた理想郷の名を『ユートピア』としたんだし。
人間は、自分の理想郷に、意味の無いのが意味であると言うような名前を付けたがるのかも知れん。
理想郷は、ディストピアである、か。誰が言ったんだっけな。
いや、お休み。済まんな。俺一人が喋ってしまって。
上記のような話をしてくれた私の友人が、行方知れずになって、丁度、一年になる。
彼は、同時に、私の幼馴染であり、家族ぐるみの付き合いをしていた間柄であった。
当初、彼を知るものの間に飛び交っていた、幾つもの憶測、噂話は、ようやく、影を潜めた頃。
噂好きの私の母が、彼の家を訪ねて、友人の母が良く草むしりをするなどして、管理していると涙ぐんでいた。
子供っぽいと笑われようと、彼は良く、クローバーが庭に咲いているとして、嬉しそうにしていた。
白い花は勿論、赤い花も。子供の頃は、蜜を吸って遊んだものだ。
女の子は、花輪を作って遊んだ。ネックレスや冠にするために。
「芝生にクローバーまでが、綺麗に刈り込んであるのよ。」
母は言った。いつでも、彼が帰って来れるようにと、家族は最大限の努力を惜しんでいない、と言うのだ。
「輪っかになったのが、幾つか有ったんじゃないかしら?」
* The End *
「妖精って、本当にいると思う?」
いつものように、粉引き小屋の傍ら、小川の流れる川辺のお気に入りの場所で、二人は、兄さん譲りの絵本を開いて語り合っていた。
「“十字軍戦争”からこっち、《谷》の西側では殆ど見なくなったって、リンド爺さんが言っていたよ。」
コンスタンティンが言った。その後、ごくんと、クッキーの欠片を飲み込む。
「本当?!」
ミシュカが眼を丸くして言った。緑の瞳と巻き毛で、そうしていると、実際、お人形のようなのだ。
辺りには小さな花々が点々として、魚が跳ねる音がする。二人は、顔を見合わせて、ミツバチの羽音にビクッと身体を震わせるが、直ぐに、遠くに行ったと知って、安心する。
クッキーに入った蜂蜜が目当てなのだろう。
コンスタンティンは忌々しげに亜麻色の頭を振った。少し汗の匂いがする。
「リンド爺さんって、妖精の事なら、何でも聞いてくれ、って言う位、詳しいんだって。信じる?!」
「信じる。」
エプロンドレスが草の汁まみれになるのも厭わず、ミシュカは身を乗り出して来た。ルバーブのジャムの匂いがした。
「妖精って、どんなの?!どんな形しているの?!」
「ちっちゃいんだって。羽根が生えていて。」
「翅?!」
小川のせせらぎにも負けずに、きらきら光る瞳が覗き込む。
「それとね。」
コンスタンティンが意味ありげに声をひそめた。
「うん。」
「ミルクを甘くするんだって。」
「ミルク?!」
クッキーとマフィンの入ったバスケットの中に、ミシュカは眼を遣った。水筒は、午後の陽射しに軽く汗をかいている。
「本当?!」
「本当だってさ。知らない内に家に入って来て、魔法の杖を使うんだ。」
「タレット小母さんの所にも、来てくれないかな。」
「どうして?!」
話し合う二人の上を木漏れ日が波の様にさざめき、雲が流れて行く。
「牝牛が二匹しかいないから、無理なのかな。」
眉根をよせたまま、カップを出して、水筒からミルクを注ぐ。
二人で一緒に、一口飲んで。
「あれ?!」
同時に声を上げた。特にミシュカは嬉しそうだ。
今夜、二人の子供達それぞれの保護者が。
二人にどんな説明をしたものか、鐘撞き堂の上にかかる、宵の明星なら、知っているかも知れない。
* The End *
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