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何と言うことは無い一日。何と言うことは無い日常。
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 偶然だとは思わない。

 何かのきっかけは、有ったのだろう。

 そのきっかけが何かは、もしかして、生涯かけても、私には見当も付かないかも知れないのだが。

 秋風の吹く中を、私は一本道を歩いていた。すっかり、熱いビールが恋しい頃になってしまった。
 ここを先途と啼く虫達には、私が目的を持って、この道を歩いて行くかなど、分かり様が無い。

 ただ、私だけが急ぐ胸を抱えて、夜道を歩くのだ。村の真ん中の一本道、公有の井戸の側を通り過ぎる。もう直ぐだ。

 村の出入り口が見える。

 鍛冶屋の前を、行き過ぎれば。鍛冶屋は未だ少し、起きているらしい。灯りが揺れている。

 何かが光った。

 ホールド爺さんの幹の下だ。

 村で、“ホールド爺さん”と呼ばれる檜の大木が有る。私の幼い頃から、彼は、“ホールド爺さん”だった。
 固有名詞が付いているだけ有って、彼には伝説が沢山有る。
中でも知名度が高いのはやはり、仲間内の抗争に破れた妖精が此処に植えたと言うものだろう。

私は立ち止まり、しげしげと覗き込んで、目を見張って、立ち尽くした。

 あえかな月明かりの中でも分かるのは、ホールド爺さんの根元に、緑の輪が出来ている事だ。

 大きな葉を広げたクローバーの茂みが、丁度指輪のように、ぐるりと輪になっている。

 その上で、光る、幾つかの物が、躍っていた。上になり、下になり、くるりと回転し、落下し、地面に叩きつけられる寸前で、浮き上がっていた。

 妖精達の踊り。月下の宴が、行われていたのだった。

 私の目を引き付けたのは、もう一つあった。月明かりの中で、何故そう分かるのかは判然としないが、明るい栗色の髪が目に付いた。
 灰色の瞳が輝いていた。
 巻き毛の、十やそこらの子供が、彼らと共に、踊っていた。楽しそうに。

 器用に、翅の生えた妖精と手を取り合って。

「ローリー。」

 自然に、見ている内に、その名前は出て来た。私の中から、一杯になったコップの内から水が零れるように。

 彼は、私に気が付かないらしい。少なくとも、私には、そう見えた。

 牧師の次男坊。ローリー=クロフツ。

 ある朝、家を出て、お昼になっても、帰って来ない。村中総出で探し回っても見付からない。
 半狂乱になって、牧師の奥さんは床に付いた。それでも、次の月のミサも執り行われた。

 クリスマスのお説教も、例年の通り。
 マルタ=ヒルデブラントの横顔、祈りを捧げる顔が、今年は青ざめて見えていた。長い髪に結んだリボンも元気が無さそうだった。

 僕とローリーとマルタ。
 ローリーとマルタと僕。
 マルタと僕とローリー。 

いつも、一緒に遊んでいたのに。朝から晩まで、泥んこだらけ。草だらけになって。

 彼はいなくなった。マルタと僕。僕とマルタ。

 何が悪かったのか、分からなかった、それも、確かだ。

 夜風の中で、楽しげな少年は、やがて夜風に乗って、妖精の踊りは最高潮だ。

だが。

 私は、村の出入り口へと足を向けた。

 森の入り口の、猟師小屋で、マルタが私を待っている。その、健常で敬虔なるご両親も。

 私の用件ならば、三日も前から告げてある。
 背中を夜風が撫でて、少し寒い。ひょいと思った。

 ひょっとしたら、今夜、危なかったのは、私では無かったのか?

 ローリー、君は、寂しかったのか?仲間が欲しかったのか?
 妖精は、そろそろ、君以外の人間をも踊りの仲間に加えて見たら、と、そう思ったのか?

 だとしたら。
 私の唇に、自然笑みが浮かんだ。

 ポケットの中の、私のお守りに、そっと触れる。

 今夜、マルタに贈る、私の愛の証。

 彼女の誕生石、トパーズを飾った、婚約指輪だ。

 永遠の子供である事など、私には、何の魅力も無い。

 流れ星が見える。
 
 銀色の輝線が、森の方へ向かって、真っ直ぐに、飛んで行った。


          * The End *

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