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この街には、誰もいない。
緋色の花弁が空を覆う。
春真っ盛りの街。
三々五々、人々が集まり、休日には子供連れで込み合う、広場。焼きそばやフランクフルトソーセージの匂いが漂う。食べ物の匂いすらが春らしく華やかだ。
空をつんざくばかりに吹き上げる噴水、明るい色のコートが良く似合う。
石造りの噴水の縁に腰を下ろした、若い女性が、時計を気にしている。
(三年後の今日、此処で会おうねって言ったのに・・・。)
もう一度、歩行者天国の向こうを、首を伸ばして見る。
誰も、流れる人々の流れの中には、知った顔は無い。
彼も、そして、あの人も。
もう、三十分が過ぎた。
(来ないのかな。電話位、くれると良いのに。)
彼女が携帯電話の番号を変えて、一年になる。度重なる、悪戯メールや悪質な悪戯電話に、辟易しての事。変える前に、二人には連絡した筈だった。
(でも、一人は留守電に入れただけだし。)
学校の運動場。傍らの並木道。いつも、四季を通して何かの花が咲いていた。
語り合い、ふざけ合いながら、歩いた。当たり前のように。
四十五分が経過した。
彼女は立ち上がった。何処に足を向けるか、一瞬迷ったが、半年前に見つけた、本屋の二階に有る、隠れ家的な、喫茶店に行く事にした。
早く温かなコーヒーが飲みたかった。
(うーんと、奮発して、ブルマン。)
わざとブーツの踵を蹴立てて、音を出しながら、歩く。
そうすると、元気が出て来るような気がするのだ。
まだ、風は冷たかった。花冷えと言うのだろうか。
彼女が立ち去った後に、一枚、何かの間違いであるかのように、桜の花弁が、ちょうど、彼女の座っていた辺りに、舞い降りた。
何かの忘れ物、あるいは、メッセージ・カードであるかのように、行儀良く。噴水の狭い縁に、着陸したのであった。
* The End *
自分の家に代々伝わる、ささやかな言い伝えを、最初に誰から聞いたものか、母か、祖母か、最早彼にとっては判然としなかった。
灯りをつけましょ、ぼんぼりに・・・・。
幼い娘が、歌いながら、雛壇飾りを手伝うのを見るにつけ、一家三人これまで遣って来た事の幸福が身に沁みる。
お花をあげましょ、桃の花・・・・。
ハルシオンの如く翼を広げて、自分は家族を守って来れただろうか?今は、それより、気になることが一件。
彼女が、自分の家に伝わるその言い伝えを、自分で耳にするのは、さて、いつで、それも、誰の口伝えなのだろうか?
それとも。
くすぐったい思いが若干、胸を過ぎる。それもまた、今は一家の家長であり(古い考え方だが)、父親である、自分の仕事なのか。
書斎に戻って、昨日の分の書類を決裁分も含めて、日付順にファイリングするだけで、結構時間がかかった。途中、通り雨でも降ったのか、ぱらぱらと音がするのを覚え、日差しの差し込む、庭先をのぞく事もしてみた。
夢中でいる内、小腹の空くのを覚え、さて、小休止とばかりに、立ち上がった、丁度その時。
「まりちゃん。これ、どうしたの?」
少し開けた窓から、母親が娘を咎める様な声がした。
まさか、男雛か女雛、あるいは三人官女に何か、と、おっとり刀で書斎を出ると、庭に面した廊下の右手、雛壇飾りを飾った座敷の中で、母子二人の会話が聞こえる。
もっとも、今は母親の声が、一方的に高い。
「茉莉花ちゃん。ママはね、これ、どこから、持って来たのって、聞いているのよ。・・・えええ?!」
「どうした、おまえ?!凄い大声を出して。びっくりするだろう?」
「あ、あなた、聞いてよ。」
エプロン姿の妻が振り向いて、言った。その側では所在無さそうに、しかし、とても大事そうに、和服姿の娘が、雛あられの入った三方を、捧げ持っている。
「だから、どうしたんだ?!」
古いと云うより、最早この家の誰よりも、時の経過を経験している、雛壇に、とりあえず、何の異常も無い事を確かめて後、彼は聞いた。
「雛あられなの。雛あられ。」
「雛あられ?・・・茉莉花の持っている?これがどうしたんだ?!」
「空から降って来たの。」
ふいっと、細い声が割って入ったので、そちらを見遣る。五つになる娘が真剣な顔をして、立っていた。
「雛あられが?」
「うん。」
茉莉花は頷いた。慌てて母親の顔を見遣る。
「今年の雛あられ、湿気対策に、まだ、封を切っていないのよ。なのに、茉莉花がいい匂いのするのを持っているから、何だろうと思って見たら。」
「雨みたいだったの。節分の豆みたく降って来たから。」
「集めたのかい?!」
座敷の中、空中に、いきなり、現れ、緋毛氈に降り注ぐ、雛あられを想像した。幼い娘が、驚いて、それを、じっくり眺める様子も思い浮かべた。・・・・だが。
「成る程ね。」
意外な事に、たっぷり十秒ほどの沈黙の後に、自分の唇から出た言葉がそれだった。
未だ、自分の居場所も無いように心細そうに立っている娘を抱き上げて、庭の側に連れて行った。
「それはね。御先祖様の分かも知れないな。」
「ごせんぞさま?!」
「そうだよ。ごせんぞさま。お雛様のお祭に、自分も混ぜて欲しくて、いらしたのかも知れない。」
妻も、彼の傍らで、先程の驚きは自ら納めた様子で、云った。
「我が家にはね、茉莉花。お雛様の日に、ご先祖様が、女の子の姿形をして、やって来るって、言い伝えが有るの。」
「本当?!」
「でもね。一つ、憶えておいて欲しいのは、お客様が沢山来ると、やって来るらしいって事なんだ。・・・だから、招いた方には、誰がご先祖様だか解らない。確かに、招待した人は全員居るのに、知らない顔は無いのに、必ずや、一人だけ、しかも、今、そこで甘酒を飲んでいる小さな女の子達の中に一人だけ、其処にいる筈の無い人が居るんだって。。。。。茉莉花にはまだ、難しいか。」
傍らでくすりと、母親が笑った。見ると、いつの間にか、ふっさりとした睫毛を落として、娘が彼の膝に身を寄せて眠り込んでいる。彼は、空を見上げた。
少し肌寒いながら、ふわふわした、雛あられのような雲の群れ。良い天気だった。
親子三人、三月の陽射しに照らされながら。縁側に座って、早い春の訪れを眺めている。
辛夷の堅い芽が風に揺れて、その影が、女雛の頬に映る、そんな午後の出来事であった。
* The End *
とある夜。
先輩と後輩。二人だけの、コーヒーと煙草と灰皿と、真剣な顔が二つ。
静かな郊外のアパートの2階の一室にて。
「先輩なら、どうします?」
「お前ね。。。」
「はい。」
「いきなり、難しい事を訊くんじゃないよ。」
「難しいですか?」
「だから、情けない顔をするなと。うーむ。。。。」
「難しいですよね。」
「解っているんじゃねえか。」
「ラーメン屋で、恋人と別れ話って、そんなにおかしいですかぁ?」
「。。。。。おかしいよ。すっげ、おかしいよ。」
「じゃ、何処が良いんですか?
行き付けの喫茶店って、どうも、その話がやり辛いんですよ。マスターと、二人とも、すっかり、顔見知りになってしまってるし。」
「おお、あの、ブルマンとオムライスの美味しい店だな。よせ。あの銀髪のマスターに、どんな顔をして、注文して良いか、俺なら、わからん。」
「ファミレスも何か、変だし。」
「いや、変なのは、その事じゃなく。。。。。。ま、いいや。もう、決めたんだな?彼女と別れると。」
「やっぱり、身分違いなんですよ。最近じゃ、もう、会話の端っこに、人間の名前が出て来るだけでもう、心の臓が跳ね上がりそうで。」
「普通、人間は、名前を持っているがな。解った。高級レストランとか。」
「フレンチとか。イタ飯とか。。。。焼肉屋でカルビを焼きながらって云うのも、変か?」
「(突っ込み無しで)寿司屋とか。割烹とか。ネットで調べて行くのも、一つの手だな。」
「居酒屋は駄目っすね。出来たら、しらふで切り出したいんです。」
「まあ、その点は、お前の自由だ。どうだ?タウンページに、良い店が載っていそうか?」
「別れ話をする、良い店って。。。。?!」
「お前がやるって云ったんだろうが?男に二言は無いのじゃないのか?」
「。。。。。。」
「どうした?返事が聞こえんぞ。」
「何処に決めようと、二度と、行けませんね。」
「ふーん。」
「いや、行く気になりませんよ。絶対。」
「だったら?お前が決めたんだろうって。」
「・・・・はい・・・・・。」
後輩は、この後、思い切り小さな声で、女性の名前らしきものを虚空に向かって呟く。それを知ってか知らずか。
先輩より、一言。
「何か、喰うか?」
=数日後=
何気ない風を装って。
先輩より、声を掛けてみる。
「どうだった?高級料理店での別れ話は?」
「先輩。」
「何だ。改まって。色々世話になりましたって言うお礼のつもりか?よせ。水臭い。」
「いや、その、実は、あの。それが、つまり。」
「ああん?」
「まだ、切り出していないんです。」
「何だとお?何が有った?」
「その、つまり、同じ会社に俺と彼女が勤めているのは、ご存知ですよね?」
「おお。で?」
「あああ。するめを丸かじりで。先輩は男らしいなあ。いや、そんな事より。
先週末、仕事を会社からアパートに持って帰ったら、彼女がですね。」
「ふんふん。」
「インスタント・ラーメンを作ってくれまして。」
「インスタント・ラーメン。」
「ええ。袋入りの。しかも、ライス付きで。」
「ラーメン・ライスだな。美味かったか?」
「はい。それは、もう。野菜たっぷりで。茹で卵も載ってですね。二人で食べながら、仕事の話なぞ。」
「ほうほう。楽しかったろうな、それは。」
「だから、あの。すいません。先輩。別れ話はぁ、この次と言う事で。。。」
「勝手にしろい。」
* The End *
今日も暑い。いや、この時間ならそうではない。暑くなりそうなのだ。
汗の雫を、手縫いのハンカチで拭う。
妹の笑顔が、不思議と涼しく脳裏を通り過ぎて行く。
向こうから、誰かが来る。
反射的に、私は頭を下げる。
旅装束の、埃まみれの靴が、否応も無く眼に入る。
はあ。
相手の付いた息が、蝉の聲に、次の瞬間、消された。
二三歩歩いて、不意に振り返った。背中で、商売物の靴直しの道具が、からりと、揺れる。
旅人の背中が、特に急ぐでもなく、木漏れ日の向こうに消えて行くのが見える。
行商に向かう私とすれ違ったのなら、この方角は、紛れもなく、私の住む村の方角。
詮索がましいことは好きではないが、村に住む誰かに用事で遣って来たのだろうか。
あと小一時間で、村の出入り口だと、励ましたくなったが、もう、時機を逃したろう。踵を返した。
夕方まで、隣村で、木靴を相手に、格闘しながら、あの道を見ていた。
誰も通らない。また、誰かが私に声を掛けたりもしない。
さて。私は立ち上がった。
沈み行く太陽と競争で、私の村に、家族の待つ家に、帰り着かなくてはならない。
疲れ切った身体にも関わらず、私の足は軽い。
村の誰かのお客の事が、こんなにも気に掛かる。
一陣の風を、額に浴びたように、気持ちは爽やかだった。
あの旅人は、外の世界の、どんな物語を、届けに来てくれたのだろうか?
帰り着いた後に、きっと、誰か親しい人間から聞けるだろう、話が楽しみだった。
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