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何と言うことは無い一日。何と言うことは無い日常。
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部屋の扉を開けると、其処に、星々煌めく宇宙空間が広がっていた。

フローリングで六畳の広さを持つ部屋が、こうなると、妙に広く感じられる。

彗星の尾の長さと光芒の力強さに感心していると、あるものが目に付いた。
部屋の隅、窓際に在る書き物机の前、この部屋の主が、椅子に座っている。
丁度、こちらに背を向けた格好だ。
彼は、一心不乱にパソコンのキーボードを叩いている。
多分、長年の友人兼幼馴染の来訪にも気付いていまい。
遠くで、白色矮星がちかちかと光った。気のせいか、一番近い恒星のフレアが動いているのが解るようだ。プロミネンスが巻き上がって燃える。
活発な、宇宙。
星屑とエーテルを蹴立てて進む平たいかっきりとした形。明らかに人口構築物が飛ぶ。・・・・・宇宙船か?!
邪魔するのは悪いが、声を掛けないのは、お互いに後味が良くない。
「おい。」
友人の名前を呼ぶ。
「やあ。」
直ぐに振り向いた。
「進み具合は、どうだ?」
にっこりと彼は笑った。眼鏡の奥の薄い色の眼と、ざっくりと編まれたカーディガンが、良いコーディネイトだと思った。
物を書くのは、強烈な自己主張であり、文学を志すものは、自己中心的になりがちだと聞いたことは確かに有る。しかし。
彼の笑顔を見ている限り、彼がわがままだなんて、どうしても、思えない。
土産のみたらし団子は、彼の口に合ったらしい。お母さんの持って来てくれた、ほうじ茶ごと、一緒に有り難く頂いた。旨い。
「進み具合は、どうだ?」
「まあまあ。」
淡々とした口調は、手ごたえを掴んでいる証だ。友人の為に幸いなるかな。みたらし団子は、歯ごたえの良いのに限ると思った時だ。
「ねえ。」
「何だ?!」
話しかけられたので、返事をする。彼は言った。
「君は以前。いや、その。」
何だ?!こいつが口ごもるなんて、珍しい。最近、何かこいつを怒らせるような事をしたかな、と思った。星々のきらめきが、一瞬、いや増した。
心当たりは無い。
「何だ!?はっきり、言えよ。」
「うん。実はさ。」
「うん。」
言っている間に、流星群が目の前を横切った。宇宙船が減速して、高速で飛来する宇宙塵をやり過ごすのを確認してから、俺は、もう一口、団子を頬張る。
「以前に言っていたじゃないか。」
意を決した口調で彼は言った。俺は黙っている。
「君は。」
俺のことだ。どうやら、話題は俺の事らしい。
「物書きのみならず、クリエイターの背後や周囲に、いろいろな物が見えるって。」
「うん。言った。」
確かに言った。嘘では無い。
「例えば、ホラーが好きで、自分でも書いている人間なら、ドラキュラのブラン城が。海外のハイ・ファンタジーが大好きで、自分でも文芸部誌に連載小説を書いている人間の周りには、ピーター・トレメインの“アシュリン”に出て来るような風景が。とか。」
「うん。」
確かに言った。と言っても、<そのこと>を知っている人間は限られているが。大きくなってからは、自分の見たもの、聞いたものは、大抵、自己申告だし。
で、多分<その方>が良いし。
「でさ。」
ほんのり、彼の耳が赤く染まった時点で俺の唇には、笑みが浮かんだ。小さく、だけど。微笑む程度に。
「僕の背後や、周りには、何が見える?!」
鮮やかな、銀河の広がり、奥深い、無限の空間。俺は目を遣る。
自分好みの素晴らしく面白い小説(そりゃあまだまだ素人だが、それと面白さは、また、別だと思っている)友人に遭いたくて来るのか、この風景が見たくて来るのか、時々、自分でも解らなくなる。
その事をいずれ言うべきかと思っていたのだが、さて。何と言おう?
しかし。意に反して、俺は、彼の<部屋>を見回して、こう言うだけだったのだ。
「そりゃあ、お前の書く小説みたいな世界さ。」
って。

雲行きのどうなることかと、見守っていると、彼は、俺を見て、にっこりと、笑ったのだ。飛び切りの笑顔だった。
「解った。」
見る間に、立ち上がって、机に向かい、これが最期と言わんばかりに、こう言った。
「続きを書くから、その辺の本でも読んでいて良いよ。好きにしていて。」
「解った。」
喜んで、そうさせて頂く。間も無く、切れの良いキーボード音が部屋中に鳴り響く。
その背中は、既に作中世界へとダイヴ・イン済だ。頼もしい作家の姿だ。
宇宙も創作も、勿論、人間も、なかなか一筋縄では行かない。

でも、きっと、それが、<面白い>のだ。


                                     * The End *

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